【糸色-Itoshiki-】穏やかな日々を願い、野田洋次郎は歌う。

SPONSORED LINK

 

SPONSORED LINK

f:id:vosstories:20160429092843p:plain

何十年後かに近代・現代が歴史になり、何百年後には遠い歴史になる。
僕たちが今どう生きるかが、教科書になる。

野田洋次郎

 

 

穏やかな灯がともるようにと願って歌う

2011年3月11日に起こった東日本大震災。

そのとき、RADWIMPSの野田洋次郎は「糸色-Itoshiki-」を立ち上げた。

すぐに義援金の募集を開始したし、絶対延命ツアーでも震災について語っていたのが記憶に焼き付いています。

2016年4月14日に熊本地震が、再び日本を襲ったとき。

またも、野田洋次郎は歌った。

 

 

野田洋次郎とTakaで「バイ・マイ・サイ」を歌う【糸色-Itoshiki-】

今回、熊本、九州地方の報道、流れてくる情報に日々触れ、自分にできることはなにかと考えました。いまだに強い地震が続き、夜も昼も、安らげる時間のない皆さんに何ができるだろうか。また、現地にいくことができず支援の仕方も今ひとつわからない、でも力になりたいという人たちの想いもたくさん目にしました。
 そして、今回の楽曲による義援金の募集をすることにしました。
 わずかでも被災された皆さんの心に、穏やかな灯がともるようにと願って、歌わせていただきました。楽曲を配信し、その売り上げを全額被災地への寄付にあてさせて頂きます。
 企画を思い立った時、浮かんだのが昨年のツアーで共演し、Takaと歌った『バイ・マイ・サイ』という楽曲でした。その楽曲を新たに日本にいる僕と、ロスにいるTakaとで歌い直し、レコーディングをしました。事情を話したら二つ返事でOKと言ってくれた彼に、そして理解してくれたONE OK ROCKのメンバーに心から感謝します。


この楽曲は10円から購入することが可能です。そこから100円、500円、1000円、上は1万円、5万円、10万円と段階的に値段を自分で選べるようになっています。集まった収益の全額を、被災者の方々に寄付させていただきます。被害に遭われた方たちへの応援、お見舞い、支援の意味合いも含めて皆さんに判断して購入してもらえたらと思います。詳細は下に記します。


 改めて、今回の地震で大切な方を亡くされた方々に、心よりお見舞い申し上げます。熊本や九州地方にツアーで訪れるたび、僕たちが渡せる何倍ものエネルギーと喜びを逆にもらって帰ってしまっている気がします。大好きな場所です。
 今も不安な日々を過ごされる皆さんに、一日も早く平穏な日々が戻ってきますように。ぐっすりと眠れる夜がきますように。穏やかな朝がきますように。長い眼で、支援をしていきたいと思います。


最後に、この企画のためにわがままを聞いてくれて準備、調整をしてくれたスタッフ、意図に賛同し力を注いでくださったすべての方々に感謝します。
洋次郎 

Home | 糸色-itoshiki-

 

RADWIMPSの野田洋次郎とONE OK ROCKのTakaが、「バイ・マイ・サイ」を歌い、10円から購入出来る曲を配信しました。

売上の全額が被災地への寄付金に当てられるそうで、ぼくも曲を購入して聴かせてもらいました。

元々、「バイ・マイ・サイ」は好きな曲でしたが、二人のハーモ二ーは曲のよさを引き立てます。穏やかな灯りがともるようにと願って歌われたこの曲は、全ての人を温かい気持ちにさせます。

 

東日本大震災が起こって翌年の3月11日より、毎年YouTubeに曲を配信してきました。

当事者や今生きる人に歌われた全ての曲は、他とは違う強さや優しさを感じました。

以下にまとめましたので、ぜひご覧下さい。

Home | 糸色-itoshiki-

 こちらのページで「バイ・マイ・サイ」の購入(全額義援金)できます。

 

 

東日本大震災より、穏やかな日々を願い歌う 

2012年3月11日 「白日」 

 

2012年3月11日
今日新曲が完成しました。

あれから一年経つこの日をどう迎えるかずっと考えてたらどうしてもこの曲を録りたくな­って、昨日の昼にメンバーに連絡しました。

どうしてもこの日に演奏して歌いたかった。

そしてついさっき完成しました。

2012年3月11日生まれ。名前は『白日』。

とても荒削りで不格好だけど、間違いなく僕たちの新たな大事な子供。

この曲をYouTubeにアップします。

産まれたばかりの姿を聴いてください。


映像は島田大介率いるコトリフィルムチームに撮ってもらいました。

こちらも昨日の夜急遽お願いしたのにも関わらず愛のある映像を徹夜で、ついさっきまで­作ってくれました。

わがままを聞いてくれました。

ちょうど一年前のように。

ありがとう、大ちゃん。


そしてエンジニアの菅井さんも同じく、昨日新曲を録りたいとお願いしたところ当日にも­関わらず快く承諾してくれました。

そしてたった今まで最後の作業をしてくれていました。

ただただ深謝。天井知らずのナイスガイ。

素敵な音をありがとう。


曲が産まれてからラッド史上最短での編曲、録音、ビデオ制作、発表になりました。

それらを可能にすべく尽力してくれた方々、本当にありがとうございました。

 

最後に、一年前の震災で亡くなったすべての命に、合掌。

 

洋次郎

 

 2013年3月11日 「ブリキ」 

 

2013年3月11日
新曲が完成しました。

名前は『ブリキ』といいます。
やっぱり自分たちにできること、したいことはこれしかないや。
ぜひ聴いてください。

一年前から、どれだけのことが変わったんだろ。
たくさん変わったようで、何も変わってない気がする。
毎日を日々こなして、自分と世界を新しくしていくのは大事だけど、
この日くらいはただただ思いだす日でもいい気がする。


狂った世界にばんざい。
それでも愛すよーー。


レコーディング、撮影は去年と同じ方たちにやってもらいました。
エンジニアの菅井さん、コトリフィルムのみんなどうもありがとう。

映像は今年もギリギリになっちゃった。
土壇場まで一生懸命やってくれた大ちゃん、そうじろうほんとにありがとう。
映像の空は今日の空。今日の夕陽。今日の青。
晴れてよかった。たくさんの気持ちが、空の上に届きやすくなったかも。


最後に、二年前の震災で亡くなったすべての命に、
そして今もなお被災し続けるすべての人の心に、合掌。

洋次郎

 

2014年3月11日 「カイコ」

2014年3月11日

今年も、この日に曲を発表します。

タイトルは『カイコ』。
この日にふさわしいのかどうかわからないけど、3年前の出来事があって産まれた曲。ぜ­ひ聞いてください。

今日であれから3年。もう3年。やっと3年。まだ3年。
何かを変えられるのは、今生きている人たちだと思う。
あの出来事に意味を与えられるのも。無かったことにするのも。
あんな痛みをともなって蒔かれた種なら、せっかくなら、ちゃんと咲かせたいと僕は思う­。

レコーディング、映像は例年と同じく菅井正剛さん、コトリフィルムのみんなにやっても­らいました。どうもありがとう。大ちゃん、今年も徹夜させちゃったね。ほんとにありが­とう。
そして映像の方でロウソクの画像で参加してくれた方たち、どうもありがとう。
もうここにはいない魂に、届きますように。
今年も映像の空は今日の空。どこまでも透んで通っていた。3年経ってもちゃんと空は青­いまま。
この空がずっと続きますように。


遅々として進まない国の被災者、被災地への復興支援、仮設住宅で過ごす方たちへの生活­保護対策には抗議します。今やるべきことをやってほしい。

最後に、三年前の震災で亡くなったすべての命に、
今もなお被災し続けるすべての人の心に、合掌。


洋次郎

 

 2015年3月11日 「あいとわ」 

2015年3月11日
今年もこの日に曲を作りました。
タイトルは『あいとわ』。ぜひ、聴いてください。

あれから4年が経ちました。
もう二度とあの日を思い出したくない人。
大切な人のことを忘れたくない人。
今でも大事な人の帰りを待つ人。
新しい生活に向かう人。
その間を行き来する人。
誰ひとり間違ってないし、自分だけが決めることのできる意志だと思う。
僕はどれだけ分かろうとしても分からないし、分かった気になんてなりたくない。どれだ­け手を伸ばしてもそっちにはいけないから、せめて自分の場所からあの日の出来事、眼に­映る出来事と向き合い続けたいと思う。

映像は今日の陸前高田の空です。向かう途中大雪で心配してたけど、朝陽と共に晴れてく­れた。美しい空だった。お邪魔しました。


録音は菅井正剛さん。気持ちのこもったミックスをどうもありがとう。
ストリングスのアレンジを徳澤青弦さん。時間のない中で力を発揮してくれてありがとう­。
映像は今回もコトリフィルムの島田大介。寒い中、眠い中ほんとうにありがとう。大ちゃ­んがいるからいつもできます。だいすき。
花で協力してくれたedenworksの篠崎恵美さん。突然だったのに素敵な花をたく­さんありがとう。
ロウソクの協力をMeltcandleのチエさん、手作りのあったかいキャンドルをあ­りがとう。
諸々の準備、手配、えびちゃんこと蝦名あすみさんありがとう。
疲れてる中での長時間運転、タジこと田島護ほんとうにご苦労様、ありがとう。


現在でも仮設住宅で暮らす方たちは5万人を超えています。
かつて住んでいた場所から移って避難生活を続ける人は合計で22万人を超えると言われ­ています。その方々の『日常』が早く戻ってきますように。

四年前の震災で亡くなった方たちに、今も被災し続ける方たちに、そして世界中で理不尽­に奪われるすべての命に、合掌。


洋次郎 

 

  2016年3月11日 「春灯」 

2016年3月11日
今年もこの日がやってきました。
あれから5年。
とても長いような気もしますが、あっという間だった気もします。
中学1年生だった人は高校3年生に。1歳だった子は小学1年生に。
25歳だった僕も30歳になりました。

5年という月日の間に『復興』の度合いも地域により差が開いてきています。未だに福島­第一原発の事故は収束していません。コントロールできていません。避難解除を受け、着­々と街も整備され、前に動き出した地域がたくさんあります。一方でいまだ故郷に帰れな­い人がたくさんいます。仮設住宅に暮らしながら地元に帰る日を待つ人たちがいる一方、­故郷に帰ることを諦め新しい場所での生活を始めている方もたくさんいます。震災の後遺­症で亡くなる人もいまだにいます。
原発の必要性の有無、様々なことが言われ物事は複雑に語られていきます。ただ、あの震­災と津波だけだったら、今ほど復興に差が生まれ、地元に帰ることを諦める人は少なかっ­たはずです。立ち入りさえ制限される区域は存在しなかったのです。『フクシマ』という­言葉の響きが、2011年3月11日以前のものに再びなるには、あと何年かかるのでし­ょうか。
心配すること、ただただ復興を願うことしか相変わらずできない自分なので、また曲を作­りました。『春灯』と書いて「しゅんとう」と読みます。
ぜひ聴いてください。

来年以降も曲を作るかはわかりません。当たり前にやるかもしれません。ただ3月11日­の、あの悲しみだけを切り取って一つの作品を作ることに少しずつ、違和感が生まれてき­ました。どの楽曲にも、含まれているように思うからです。逆にこの5年の間にも悲惨な­事件、事故、大きな喜び、様々ありました。そしてそれらに常に影響されながら音楽を作­っています。すべて混ざり合って「今」を生きている自分の音楽になっています。

あの大きすぎる体験を僕たちは忘れてはいけないと思います。次いつ来るかわからない大­災害の被害を、少しでも食い止めることであの日の震災の意味を変えることができます。
 世の中を見回すと人災、天災問わず悲劇は次から次に起きているように思います。感情が­追いつかないほどめまぐるしい世界です。くじけそうになります。でもだから気付かされ­る人間の底力もあります。なるべくなら、光に眼を向けたいです。手を取り合って生きた­いです。
こんな世界にも、鳴る意味のある音をこれからも鳴らしていきたいです。


今年も映像はコトリフィルムのみんなに作ってもらいました。僕がレコーディングで行け­なかったので、今年はコトリスタッフ総出で臨んでもらいました。空は南相馬の空です。­毎年、毎年、本当にありがとう。帰りの運転も気をつけてね。音源も例年と同じく菅井さ­んに協力してもらいました。感謝。
そして文章と映像を送ってくれた皆さん、どうもありがとう。一つ一つ読んでいるだけで­、涙が出そうになりました。


震災で亡くなった方の魂が安らかでありますように。
今も被災し続ける方々に平穏な日々が訪れますように。
そして理不尽な力に、奪われたすべての命に、合掌。


洋次郎

 

以上、RADWIMPSのYouTubeより引用 

www.youtube.com

 

 

糸色-Itoshiki-に隠されるメッセージ

2011年3月9日、東日本大震災が起こる前に、「絶体絶命」というアルバムがリリースされた。

「絶対絶命」のアルバムに命や生き方に対する、考えや思いなど、少々過激なメッセージもありました。

その直後、2011年3月11日に東日本大震災が起こりました。そして、「糸色-Itoshiki-」を立ち上げたんですね。

 

糸色とは愛しきと読めます。

絶体絶命の「絶」は、「糸と色」の感じで成り立っています。

「絶体絶命=糸色体糸色命=愛しき体、愛しき命」そんな思いが込められていたのではないでしょうか。

 

糸色-Itoshiki-は全ての愛しい命に向けて歌い、一日も早い復興を願っています。